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棚橋弘至というプロレスラー

昨日のG1 CLIMAX28は棚橋弘至選手が飯伏幸太選手を破って3年ぶり3度目の優勝を果たした。

そこで、棚橋弘至というプロレスラーに対する思いをつらつらと書いておきたいと思う。

 

棚橋弘至との出会い

私が初めて棚橋選手のことを知ったのは、深夜にやっていたワールドプロレスリングを偶然見たことによってだった。

当時の私は時代の流れに乗ってK-1総合格闘技の視聴にシフトしていた。

プロレスといえば、時々CSでDRAGON GATE大阪プロレスを見るくらいで、新日本プロレス橋本真也さん離脱以降は全く見ていなかった。

そんな中、両国での後藤洋央紀選手とのIWGPヘビー級選手権試合を見た私はすぐに新日本プロレスを追うようになった。

 

棚橋弘至に対する感情 

しかし、棚橋選手がすぐに好きになったかといわれるとそうではなかった。

私は後藤選手の方に魅力を感じたのだった。

ちなみに、今でも新日本で一番好きな選手である。

その後も第3次IWGP政権時代の中邑真輔選手が好きになったりしたが、棚橋選手は私の中で一番好きな選手になることはなかった。

 

棚橋弘至とは何だったのか

そして、オカダ・カズチカ選手の登場によって世代交代の波が棚橋選手にも押し寄せてくることになる。

当初、私は世代交代がされることに好意的だった。

棚橋選手が嫌いなわけではなく、オカダ選手という若く素晴らしいプロレスラーがいる以上、オカダ選手がエースとしているほうが新日本に良いと思ったからだ。

だから、オカダ選手が東京ドームで敗れるたびに、次こそは棚橋超えを果たしてほしいと本気で思っていた。

そして、2016年の東京ドームでのIWGPヘビー級選手権試合が訪れた。

この試合は、戦前から棚橋超えの気配が強かった。

私もその結果を望んでテレビの前で試合を見ていた・・・はずだった。

試合は30分を超え、ついにオカダ選手のレインメーカーが決まる瞬間がやってきた。

待ち望んだ瞬間だった。

 

しかし、その瞬間、私は目をつぶっていた。

 

自分でも何が起きたのか分からなかった。

なぜこんなことをしたのか説明がつけられなかったのだ。

混乱したまま、リングで大の字になっている棚橋選手を見ているうちに、ようやく自分の心が分かった。

私にとって、棚橋弘至はいつの間にか好きや嫌いを超えた存在、プロレスというジャンルの象徴になっていたのだ。

 

G1 CLIMAX28優勝

 

そして、今回のG1制覇。

ここ数年の棚橋選手の状態の厳しさは尋常ではなかった。

フライングフォーアームもスリングブレイドも、ハイフライフローだってかつてのような飛距離や躍動感は無くなったように思う。

リーグ戦でも、決して楽に勝ってきたわけではなかった。

それでも、優勝した。

はっきり言ってすごく嬉しい。

よくやったと思うし、感動をありがとうとも思う。

しかし、棚橋弘至の物語はここで終わってはいけない。

東京ドームまで権利証を守り抜き、東京ドームの最後にIWGPヘビー級のベルトを巻いて「愛してま~す!!!」を聞かせてほしい。

かつて、ファン時代の棚橋選手が大好きな藤波辰爾選手にかけたという言葉で終わりにしたい。

「棚橋!これが最後じゃねえぞ!」